

おまんこに埋もれて窒息死する夢を見た。なぜか幸せな気分だった。
きっと私はそれすらも本望だと感じるくらいにおまんこを心から愛してるのだと思う。
おまんこが好きな事に理由なんてない。
けど、私は確実におまんこが大好きなのだ。愛しているのだ。
でもせめて理由を挙げろというのなら、私を癒し、そして私を愛してくれるからだと思う。
こんな私すら受け入れてくれて、中に入れてくれるおまんこ。
そのおまんこに窒息死させられるくらいなら本望だ。
むしろ死ぬときはそれで死にたいと望みたいくらいだ。
おまんこを愛せない世界なんて私の愛する世界ではない。
どれだけでもおまんこの為なら尽くせる。愛した分だけ私を愛してくれるからだ。
おまんこに埋もれて窒息死…考えただけで涙が出るくらいに嬉しいシチュエーションではないか。
私の顔の目の前におまんこがあり、そして上からのしかかるようにしてこすり合わせられ、
愛しのおまんこにキスをしながら逝ける。
つまりこれが最高の愛の形なのだ。
屈折してると言われようとも、私にとっての愛がこれなのだ。他の誰に分かってもらえなくてもいい。
私のおまんこに対する情熱と気持ちは伝わっただろうか?
隙間なく敷き詰められた私のおまんこに対する愛はしっかりと伝わっているのだろうか?
色々なおまんこがあるが、やはりおまんこである事に変わりはない。
どのおまんこも好きだ。愛してる。
臭くてもいい、ガバガバでもいい、色が紫でも黒でもいい。
おまんこであればいいのだ。
ここまでおまんこを愛する事が他の男に出来るだろうか。
否…私だけだと思いたい。
私は生粋の変態なのだ。自他共に認められるくらいに変態なのだ。
おまんこの為に死んでもいいと思っているくらいだ。変態じゃなければこんな気持ちは持てない。
他の人にとってのおまんこがどうなのかという事に関しては気にしない。
私にとってのおまんこが「愛」だからだ。
複雑にも男と女が生まれてくる中で、母のお腹の中で進化をして作り上げられたおまんこ。
神秘の輝きとも言えるおまんこに注ぐ「愛」はまさに母が育ててくれた愛にも似ている。
私の愛したおまんこがあるだけで、私は元気になれる。
いくらでもおまんこを舐めていられる。例え窒息死をしようとも。
おまんこに埋もれて窒息死するなら本望だ!そのくらいにおまんこを愛してる。何度でも言える。
おまんこに埋もれて窒息死するなら本望だ!そのくらいにおまんこを愛してる。